コマリノートも10年目。

想い出せば、幼少時代。

新潟県南蒲原郡中之島村。今は、長岡市。時代は変わった。
しかし、これを<<旧>>とは、云わせない。

僕は新潟の純粋の刈谷田川のように、わんぱくで暴れん坊だった。
きみたちが、まるでそうだったように。

遠く離れても、そんな「中之島」が、僕は好きだった。

あの向こうの長岡花火が、植民地のような「ハザ木の隙間」から、光っては、焦げて流れ、ふるさと「信濃川」の焼夷弾に、僕は、おそれおののいて、あからさまに、なだめすかす、あぜ道の中で、優しい母の胸の中に抱かれていた。

それが、僕たちの、ふるさと青春だった。

僕は、今!! 日本は。
何を云いたいのか・・!!
打鍵しながら、結論や目的を模索している。

そんな,自分がとても、恥ずかしい。

でもまた、吹き付けては帰って来ない「ニヒリズム」に、僕は「ニーチェ」にさよなら帰しを送ってみた。
でも、今日もメールさえも来なかったQ、

でもまた待つ僕の意地らしさ。
南米ペルー瞳の黒は「印画紙」まさしく、そのもので佇んでいる。
オリエンタルな僕の憧れは、そのまま淀んでいる。

そして、悩みながら、僕は、また「新潟」に恋して憧れている。

「アルビレックス新潟」-このチームに出会わなかったら、僕は、ゲーテがロッテを追い求めるか余りのように-鬱病に悩まされながら、「若きウェイテル」の悩みの中に、今も考え込んでいたに違いない。--そのように新潟が好きなのだ。

「初恋」はあの人。
あの人は、今も元気でいるでしょうか。

あなたの好きだった「りんどうの花」
うす紫さきを、そっと日陰で隠れて、風のように僕は君に送ります。

 新潟 ニイガタ nigata NIGATA

まちがいなく、ぼくのふるさと きみも 平等に そうであるように

戦は嫌だなー。
なるべくなら話し合いたい。。。。。・・・・・・/

ああ。愛してきた「初恋」のツルーゲーネフ。アンドレ・ジイドの「狭き門」よ。

新潟が、好きだから

新潟の戦いの前後を見よ!!

新潟スタジアムの周りの田畑の、日中の「白鳥の湖」に、謎が隠されている。

負けても泣いても、戦い後との「白鳥V字形」に、小さな悲哀とため息か、大きく甲高く、僕たちに教えているようで
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