地震の国を後にする

白く成りかけたあご鬚を撫でながら、コマリはつぶやく。記憶も遠くに行きながら・・・。

NHK昼のニュースが流れた。溝上恵氏の訃報。

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地震の予知を目指して研究に取り組んだ溝上恵氏。新潟県長岡市出身の方であった。

実は、昭和45年西荻窪駅から西部新宿線井荻駅方向に小さな居酒屋があった。

高校からのクラスメート三条出身の友と、その店に寄ったものだった。「お茶漬け」が帰り際美味しかった。

いつも、日本酒を静かに飲んでいた、黒にも近い背広服のお兄さんが居た。

その方が、溝上恵先生だったと、僕は今でも信じている。

僕らは新潟訛りで「明日の世界」を、熱ぽっく政治まで語っていた。

或る夜、その人は温厚に語る夕餉が有った。

「僕は、地震を研究しているんですよ。地震って、どういう時起きると思いますか?皆さんの声のどんなことさえ、僕には参考になるんですよ。」
あの人の温厚な語り口が、僕たちの今の不安さえ、遠くに消えて行くようだった。

ずうーと、以前から中越地震も東海地震も、あの先生の語り口の歯切れ良さを見るたび、遠い笑顔の井荻小さな僕たちだけの「居酒屋」のあの人の親しみを懐かしんでいた。

でも、あの「青春」の夜にも、いつしか終わりが告げている。

僕たちが熱っぽく語る新潟出身を。あの人は、知っていても、あの夜は「地震」のことで、その夜やさしく語りかけてくれたのだ。

きっと、僕は、今でも、そう思っている。

そして、その後「山古志中越地震」は、起きたのだ。

地震の解明。予知は今でさえ、依然とわからない。

先生の自宅は調布市の方だと云うが。青春の「夜」に、にこやかに語られたあの人は同郷のことも語らずに、1月4日73歳で、地震の国を後にされた。

溝上恵先生の青春の旅。

ひたすらにご冥福を祈らん。そして僕たちも、そこに続くことを-
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