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2008晩秋「武蔵野調布紀行」

「味の素」FC東京決戦から、三日が過ぎた。
ようやく、敗戦のショックから立ち直って来た自分が居る。

後半35分も過ぎて「負けるな新潟!!」

新潟っ!! 新潟あー!! 

私の悲痛のボルテージは、最高値に達していた。

引き分けは、十分確実。1点奪取勝ち点3も見えかけていたのに。

意に反して、FC東京が、途中出場の赤嶺が、新潟ゴールに1点を突き刺した・・・・。

うーん・・・駄目だった。

アルビレックス新潟の勝利が、急に虚しく辺りの薄暮の中に消えて行った。

何か、とても静かになったように思えた。


失望の新潟への帰路だった。

しかし、私は東京駅20:52分発のJR上越新幹線下りのMaxとき351号の指定席に、乗ってはいなかった・・・。

京王線飛田給駅から、どうやら深い眠りについたらしい。
駅のアナウンスが時々遠くから聞こえ、電車のレールの音を聴きながら、新宿駅がやけに遠かった。
ただ、左端の座席にもたれて、ようやく気がついたのは、20時50分過ぎの高尾山口に近い北野駅のことだった。

もう、最終の新幹線Maxとき353号21:40発の東京駅にも間に合わない。

2002年大分コマリ紀行(コマリノート2004.6.7)を思い出した。

[J2リーグ 2002年10月23日(水曜日 平日) 第39節 19.00 大分トリニータ 2-1アルビレックス新潟 「大分市営陸上競技場」【主審】岡田 正義 ]

-2002年10月23日。失意の内に過ごした「大分の夜」。 と同じような、失敗を、また繰り返している。-


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今回の2008晩秋「武蔵野調布紀行」は、11月29日新潟駅23:35分発JR信越線上りの「快速ムーンライトえちご」から始まった。

翌朝05:10分新宿駅到着。暗闇と輝くネオンが対比する、新宿歌舞伎町をぶらりぶらり。

飛田給駅を降りて、旧甲州街道を西調布駅方向に歩き、上石原2丁目の叔父の家を目指す。

飛田給に新潟」(コマリノート2004.3.13)
[Jリーグディビジョン1 1stステージ 第1節 15.30  FC東京 1-0アルビレックス新潟 「味の素スタジアム」]
の試合前に食べた、美味しかった「ラーメン屋」さんの看板があった。

もう少し、旧甲州街道沿いを進むと、右手の西光寺門前に新選組局長で有名な近藤勇像があった。そうかー。上石原村(現調布市)の生まれであったのかー。

西調布駅の踏切を渡って、すぐに「叔父」の家はあった。

「あれ?ガレージに車が無い。」

チャイムを鳴らす。庭の窓ががらっと開いた。

「あっ。叔母さんだ!」

「新潟市のコマリです。」

突然の訪問だから、叔母は驚いている。

「うちの人、友達三人で、奈良の紅葉を見に行ってるのよ。今晩、帰って来るのよ。」

「どうしたの?えっ、残留を掛けたアルビレックス新潟の応援だって?」

「さー、上がって、お茶を飲みなさい。ここはね、みんなFC東京を応援しているのよ。うちの息子もそうよ。試合は、夕方でしょう?こんなに、早く来たの?お昼食べに来なさい!泊まって行きなさい。うちの人も帰って来るから。」

燕市出身で、叔父と三条の高校の同級生だった、叔母の雪国の色白さは、今も健在だった。

結局・・・・。今は、亡き母の面影をいちばん残している叔父に逢うことはできなかったが、それは、また。

そして、天国に居る母は、「おまえはあいかわらず、だめらな~と」見ていることだろう-

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時は過ぎて。

開門前の「味の素スタジアム」の銀杏は、晩秋のやるせない、かろやかな風に舞って、しなやかな黄色い艶かしさを、待ち望む私たちの頬を撫でては、また撫でて、いつまでも別れを惜しんでいるかのようだった。
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