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もうあきらめました。

新潟が負けました。

大分にも東京にも茨城にも埼玉にも、負けて「新潟の灯」が消えました。

雨の外苑 夜霧の日比谷

久しぶりの新潟 新川です。
負けて新潟の流し唄です。
ふと口ずさんでしまいました。

母さん。ほんとにすみません。

新潟は、何処にも勝てません。もうあきらめました。
(ト書き-「ひ。ひどいっ。そのことば・・・。」)

新潟なんて、どこかに消えてなくなれば・・・。
「いやはやもう、そこもとの如く~わしは武人の出では、ないからな。」 
(至って感情的に狂言風に#)―「崑崙山の人々」作:飯沢 匡 ・・・。


ウーんっ。

 ゴラァ~!!!!!

/////////////////////・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

奢る「平家」は 久しからず

いやはや うらめしい。
もう、時代はクルクルと!!
替わって、回ってしまって居るというのに。
すべてを含有して、茫然と立ち尽くした儘でいる自分が居る。
(立ち盡す明日;柴田 翔)

しかし、選手と監督に罪を着せる気は 私は毛頭無い!

---今は 錯綜した言葉で 人種の「るつぼ」の中で----
サーと息を吹きかけ、アーサーミラーをハンカチで拭いて、覗いて見る----
 
あー悔しい 口惜しきかな。

出来心に、我一人「さんま」を焼いてみた・・・。
-さんまは苦いか しょっぱいか-
 -煙たなびき、季節は、まさに秋でもなく佐藤春夫-

あはれ
秋風よ
情こころあらば
伝へてよ
――男ありて
今日の夕餉ゆうげに
ひとりさんまを食くらひて
思ひにふけると。

さんま、さんま、
そが上に青き蜜柑みかんの酸すを したたらせて
さんまを食ふはその男がふる里の ならひなり。
そのならひを あやしみ なつかしみて女は
いくたびか青き蜜柑をもぎ来て 夕げにむかひけむ。
あはれ、人に捨てられんとする 人妻と
妻にそむかれたる男と食卓に むかへば、
愛うすき父を持ちし女の児は
小さき箸をあやつりなやみつつ
父ならぬ男に さんまの 腸はらをくれむと 言ふにあらずや。

あはれ
秋風よ
汝なれこそは 見つらめ
世のつねならぬ団欒まどゐを。
いかに
秋風よ
いとせめて
証あかしせよ かの一ときの団欒まどゐ ゆめに非ずと。

あはれ
秋風よ
情こころあらば 伝へてよ、
夫を失はざりし妻と
父を失はざりし幼児をさなごとに伝へてよ
―男ありて
今日の夕げに ひとり
さんまを食ひて
涙をながす と。

さんま、さんま、
さんま苦いか 塩つぱいか。
そが上に熱き涙をしたたらせて さんまを食ふは
いづこの里のならひぞや。
あはれ
げにそは 問はまほしくをかし。


コマリ!!どうしたんだ?季節が違うぞー
(ウイリアム・サローヤン おーい助けてくれ)

そうなんです。
どうしたって春なんです。
ふるさとは。
ほら!
夕餉どきの「さんま」じゃないんです。

田園の憂鬱よ。さようなら!

♪春なのに ♪春なのに

そして→今度は柏原芳恵さんの歌を聞いてます。
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