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神田勝夫 幻の左クロス

昭和40年代、半ばだったろうか・・・。池袋界隈で、小さな事件があった。

その頃、その街の学生だった私は、新聞の片隅に書いてある、井上陽水の「傘がない」模様の、記事を目にしていた・・。

うろ覚えの遠い見出し、である。

-ガッツ石松。弟を救うための幻の右クロス!-

近くの、私鉄沿線の3畳下宿にいた私には、それはなんともいえない身近な感動的なできごとだった。

プロボクサー選手が、決して巷でやってはいけないことを・・・。

だが、「全日本新人王」から「東洋ライト級チャンピオン」になって、栃木の農村からやってきた、たたき上げ「股旅三度笠」ガッツ石松のリング上のファイトを想うと、むしろ、なんとも判官びいきの、爽やかな気持ちに、私はさせられていた。

そして、彼はついに、昭和49年。

あの幻の必殺右クロスで「世界ライト級チャンピオン」にまで、昇り詰めたのである。

神田勝夫選手の左「クロスボール」を見るたび、私は「ガッツ石松」選手の幻の右必殺クロスを連想してしまう。

だから、ほかのアルビの選手達は、神田勝夫選手の「クロスボール」が来たら、それこそ真摯に受け止めてほしい。と願う。

彼「神田勝夫」の熱情のクロスを、頭で足で、それこそ ”KO!”されてもいいから(それは無茶か・・)受け"取"めて、その彼のバイタルな流線の飛翔に、個々のキャラクターと云う、更に「命の加速」を与え、敵のゴールポストに、鋭く、的確に、突き刺すように放って貰いたい。

「ゴ~ル~!」 ♪「ゴ~ル~!」♪

これからも、「ビッグスワン」「新潟市陸上競技場」。

また、アウェイに行った時でも。

神田勝夫がボールを持って、まさに動こうとする、肝心のその時。

「おーっ!幻の左クロス!」 「必殺クロス!」 「行け!勝夫!クロス!」

と、コブシを握りしめながら、いつまでも、ずっーと、叫んでいたい
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