三田光さん。ありがとう ありがとう

ひかる・・光。さようなら。三田光に別れの時は近づいて来ました。

想えば2002年、いばらぎ日立なか陸上競技場の3月3日月曜の晴れども底冷え厳しい午後のことでした。

そこで、君に初めて逢ったのです。

高さも無い普通のグランドで。

開始前、わざわざ来てくれた「川渕チャーマン」の言葉忘れてません。

それが光と新潟の始まりでした。

そして、君は同時に。U-22日本代表「光」として。
DF:茂庭照幸(FC東京)青木剛(鹿島)中澤聡太(柏)
MF:松井大輔(京都)石川直宏(FC東京)鈴木啓太(浦和)根本裕一(仙台)阿部勇樹(市原)
FW:原竜太(名古屋)前田遼一(磐田)中山悟志(G大阪)大久保嘉人(C大阪)西野泰正(磐田)田中達也 (浦和)
たちと。堂々と伍して。世界をめぐり、しのぎを削ったのです。

忘れないよ。僕たちはいつまでも。

にいがたの三田光を。ずーと ずーと いつまでも。

戻って2002年。アウェイデビュ-の、その日立なかは、敵となった2番木澤に対して君は堂々の体を張ったからこそ、後半72分に7番寺川能人の、わなわなの一点が入りました!。そして1-0で水戸に勝ちました。

三田光はとてもみずみずしかった。新鮮だった。

同年夏。君は緑の葉の下。新潟で。
鳥屋野交通公園前のジプシー練習場で。
練習終えても「あーだ?こうだ~とか?(首をかしげながら」
通訳の渡邊基治さんを相手にしての、キック練習でした。

最初は、返すボールで、渡邊基治さんは元京都松井大輔の切り替えしを見せてから、光にキックでで返すゆとりはあったのですが・・・。

しかし、余りの長さに疲れ、いつか渡邊基治さんは、光に問いかけていました。

「ねぇー。もう終わりにしようよ-。これ以上おんなじだからさ~?」切なそうに彼は光に訴えました。

でも、光にはそれは全く聞こえてはいなかったのです。

追い求めて。まだ納得ゆかず、ボールを精度を極めてキックする。どうしたら、いいボールが送れるのだろうかと・・・。

そんなことまったくきこえません

追いかけて取る渡邊基治さん。同じ正確なキックで返さねばならぬ渡邊基治さん。

陽は落ちて暮れて。まだ相手する可哀相な渡邊基治さんに、あわれみの親しさが湧いて行きました。

その年。柴選手も居た夏のジプシー白根練習場。

大凧の館-カルチャーセンターたもとで-。

もう、練習も終わって、くつろぐ芝生脇の各選手たち。

しかし、光は今日も大通川を背にして、体育館側のアーメンコーナーで、またキックを打ち続け、小首をかしげている、夏の陽を浴びて悩む三田光選手。

座って、話でくつろいでいた長谷川太郎は、思わず急に振り返って、大声で光に言ったのです。

「ヒカルー!もうやめろ~!。そんなに思い詰めたら”ハゲル”ぞ~。」

その時、つぶさに見ていたわたしは”ゾクー”としました。

新潟で、いつも研究熱心でがんばった「三田光」は、とうとう、ついに、上越新幹線で新潟をあとにする日が来ました。

寂しい。せつない。もっとなんとか。してあげられたら。と。

また会いたい。僕たちを嫌わないで-----.

もう、きりがない。光への新潟からのことば

三田光さん。ありがとう ありがとう
関連記事

comment

Secret

リンク