おもいでを歌い続けてばかりいた

ETC車載器が、本日午前に到着した。

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さっそく、取り付けた。

運転席前の中央にETC車載器の場所を決め、アース線は足元に潜って、適当なボルトを緩めて、挟んで締めた。

電源は、シガレット口裏部の配線をたぐり寄せ、切らずに皮だけニッパで剥き、用意した配線で分岐した。

分岐した配線と添付されてきた電源コードを結線した。

結線時、ETC車載器は既に接続してあったので、ピッピッと音が鳴る。

最後は、絶縁テープで保護をした。

エンジンを掛ける。
一瞬”88888”と赤色の数字が浮かんでは、消えた。
ETC用の楽天カードを挿入。
緑の小さなランプが点灯した。

高速道路に乗って、確かめることにした。

そういえば平成16年暮れ。

父が亡くなってから生まれ故郷の実家に、最近は行っていない。

先月のお盆にも行っていないので、一ヶ月遅れの約2年ぶり。

父母の「お墓参り」だ。

黒埼インター入門前。恐る恐る、生まれて初めて「ETCゲート」のレーンに入る。

”カターン”と両方の板が上方向に開いた!成功 成功。

-ふるさとの刈谷田川を渡る-

平成16年7月。あの「集中豪雨」による決壊・大洪水。
「今町大橋」が遥かに見える。

中之島見附インターを降りようとした時、左手工業団地近くに、新しいお寺とお墓が建っていた。

インターも難なく「ETCゲート」のレーンは開いて、中之島の思い出通りを走って、実家へ向かった。

「今町大橋」下の信号機T地路。

「与板」「大河津分水」方面の左方向にハンドルを切ろうとした時。

---------!!。何と! 何もないでは無いか!!



ふるさとの町が消えている。

橋下、通った床屋さんも。

ラジオ電気店も。酒屋さんも。

Aガソリンスタンド。

諏訪神社も。

見附駅に向かった橋場の「バス停留所」も。――その他大勢。-----

今町大橋下中之島。

右・左には何もない。

在るのは思い出の草だらけ。

‐‐‐私の大切な「思い出」が消えている。

やっと、役場(現支所)・「スーパーマルイ」まで来て、以前からの見慣れた場所となっった。

高速道路下を過ぎて、Aスタンドが中央小学校脇下に新しく“ENEOS”の看板を付けて営業を行っていた。

「そうかー。・・・。」

「あの橋下のお寺も、あそこに移ったのか-。」


実家に着いた。

姉さん(兄嫁)は、急の私に驚いていた。

屋敷内の先祖の墓に手を合わせる。--

--仏間で、父母に向かって、一つ鐘をたたいて「かが潤オ潤オんー~」

数珠の感触で、そっと目を閉じた。

それから、座敷を通って、茶の間に戻る。

「K〇〇ちゃん。(今でも「潤オちゃん」と呼ばれているのだ!)お茶をどうぞ。」

帰り道は。一般国道で新潟に帰る。

「三条機械」入り口で、高校時代バイクでの帰り道。
思い出の「中華そば」を食べたくなった。

株式会社三條機械製作所の入り口-新潟県三条市大字猪子場新田。

「更科食堂」で。

思い出の、大切なふるさとが無くなったことを否定したくて。

やみくもにすすりながら、全部飲み干した。

満腹 満腹。

懐かしの「三条新聞」を読みながら、やっぱりおいしかった。-


また、車に乗る。

歌を唄い出した。


---田んぼ道。

どこまでも果てしなく田んぼ道。

きれいな「夕日」が「西山」向こうを染めて---

日が沈むまで--- 

---僕は、青春の歌を 唄ってた。

「家の光」農協アワ♪---北原謙二の歌声-浜田光夫‐西郷輝彦‐安達朗潤オもろもろ。

梶光夫「青春の城下町」♪潤オ♪
(朽ちた木橋の旧「与板橋」から、川向こうの君想う歌だった)


新潟市有明大橋渡り切るまで。

「ETC」のことなど、もうどっかへ飛んでしまって。


あの頃、夢中で唄った。

おもいでの歌を運転席で。

むきになって、歌い続けてばかりいた。
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