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つらい、つらくて苦しいけれど。 さいごの最後まで走りきって。

わたしは「赤ヘル」のヘルメットが、たまらなく好きだった。

もっと、昔を追いかければ「白黒」の世界。

1960年の新潟県中越地域のどこまで広がる田んぼの中で見つめてた。

農協から月給制の村として注目されたその村に、農協から「ゼネラルテレビ」(富士通)14インチがわが家に届いた。

父が母が無理して買ってくれたものだった。

弥彦山方向に向かって農協の職員が農家の薄暗い2階にアンテナを取り付け、1階の茶の間のテレビの映り具合いをお互いがさがしあう。

その間に、ひとみを凝らして、1階と2階を駆けあがり、駆けおりる。わんぱくなわたしがいた・・・・。

そして、とつぜん-中原美沙緒の「あんみつ姫」がブラウン管から現われ-白黒の笑みが茶の間のざぶとんに、こぼれ落ちた。

カチカチと「右左」自由自在の回転手動チャンネルで番組を探す。

そこには、はじめての白黒の世界。「広島東洋カープ対東京読売巨人」とのナイターゲームだった。

とても弱い、点を取られていた「広島東洋カープ」が映し出されていた。

しかし、負けてもまた、広島市民が応援する「広島カープ」は、「赤ヘル」に塗り替え、生え抜き古場竹織監督のもと、ついに1975年初優勝。

雑誌「酒」の編集長佐々木久子さんの追いかけ続けた末のこぼした涙の「テレビ」を思い出す

ひるがえって、新潟も「アルビレックス新潟」のサッカーから始まって、バスケットbjリーグアルビレックス新潟BB」は、まさしく今夕「有明」で頂上決戦

北信越BCリーグ「アルビレックス新潟BC」の野球が、ようやく4月28日14時。三条市市民運動公園市民球場で[富山サンダーバーズ」との開幕戦を迎える。

野球で目覚めたわたしのこころが、2007年新潟にもようやく春の訪れと共にやって来た。

今夜。先陣をきって「アルビレックス新潟」のサッカーが広島で戦う。

決して油断することなく、堂々と前を見て、敵陣になだれ込み、声を掛け合い、確認しつつ。

つらい、つらくて苦しいけれど。

さいごの最後まで走りきって。

必死の「焦点」で勝利を勝ち取ろう。

続くアルビレックス新潟」が、その力を貰おうと

息を凝らして、両手を合わせて、じっと見つめている。
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