いじくりまわした 脇差は

あれは 1970年。 だったろうか・・・。

「長き十字架への道」  ・・・。

役者への ソクラテスの道を 説くような 演出家 「平山一夫」先生は 叫んでいた。

「ぼくの創った この「脚本」で 行こうよ」 <脚本執筆名 平一平>

 「秀吉」晩年の 日の本 裁定。 不条理なバテレン追放令。

-慶長元年九月一日。

未曾有の大地震が、都と近隣の地をを襲い、人々は、「阿鼻叫喚」の巷と化してしまった。 

歴史に云う「伏見の大地震」である。-

ザビエルも 聖トマス小崎も パウロ三木も 若き日 燃えた 

-青春の 理想を求めた 明るき 日々-

影では--<細川ガラシャ>-<宇喜田秀家>--

「政治と宗教」 

許されるものは どこまで 

弾圧と許容は どこまで?

あの頃。・・・・

舞台では 若き やさしき 「ヨハネ草庵」の君

恋人役 里の娘「おみつ」役は 今は亡き 犯文雀さんだった。

二人で 逃げて 逃げて そして 濡れ場 

現し世の 恋に さようなら

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氾文雀さんは 思い出多かった。

もっと前の頃。

「サインはV」ジュンサンダース役では、飛込みを覚えようと

その間に

稽古場 早く 誰も いなく

二人だけ

白砂糖飴貰ったり

「原宿の稽古場」で

コマリのへたくそ演技で

そっと 白ソックスに 血を にじませて 
いたとも 聞いた。

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長崎 西坂の丘で処刑された二十六聖人。
 
「長き十字架への道」

秋の 「新宿厚生年金会館小ホール」だった。

床山さんのこしらえた 羽二重に 

肥前 長崎奉行 寺沢広高。(室田悟-現在の伊武雅刀)

家老役 山下義助。は 私だった。

肥前。時津の浜。

<波打ち際の効果音挿入。>

-ここは肥前時津の浜 囚人を乗せた漕ぎ舟 近づこうとする-

山下 「囚人到着の報は 今朝方到着いたしました。もう着く頃でございましょう。」

寺沢 「うむ。(落ち着かない風)」

山下 「殿。これが役目というもの。殿の決心鈍るは 旧知の友パウロ三木が入っているからではござりませぬか。」

寺沢「なんと。たわけたことを。」

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この間の 公演が 終わって 冬が東京に訪れようと して いた 頃。

地下鉄乃木坂駅で 公演が終わって 別れてからも 室田悟さんは

偶然 出くわした 向こうの ホームから 草野大悟さんを 右手に置いて

台本入れた 吊るしカバンで 

私に 向かって

「おーい! 山下!」

私は こちらのホームから 応えて 右ひざ曲げて ひざまずき

打ち上げの氾ちゃんの 注いでくれたビール。 やさしい笑みの 指先を 見つめるように

「殿!」 「お会いしとうござりました。」

彼は 私を 指差し ニコニコと 草野大悟さんに  

「あいつはね。ちょっとオカシイけど いいやつなんだよ。」と 語りかけている。 

伊武雅刀。

一直線に 貫いた 君が。

光っている。

今は また 坊主役でも。

ひょっこり ひょうたん島から 声から 始まって 

ほんとうの ほんとの あこがれ 「侍役」 思いやり

本当に ほんとうに 舞台袖で いじくりまわした 脇差は

好きでなければ できない 「武士の一分」

藤沢周平「海坂藩」

身ぶるい するほどの

君を 私は 待っている
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