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2007年元旦

2007年元旦。

新潟市は、青空の中で新年を迎えた。

つい先ほどまで、昨年だった2006年。

すき焼き”を突つきながら、延々と煙りを

ハンガーに吊るした「アルビレプリカ」と「寺川旧7番シャツ」に染み込ませて。

「NHK白」をビール色に覗いていた。

徳永英明「壊れかけのRadio 」

私のハシは 止まった

2001年5月19日。

新潟スタジアムのこけら落とし。

「京都パープルサンガ」戦。

雨と雷鳴の後に始まって、延長119分。

あの京都のPKとされた日。


徳永英明は新潟でライブがあった。--新潟からだった。

その夜の- TBS [SUPER SOCCER]が浮かぶ。

壊れかけのRadio

SUPER SOCCERの司会者で、サッカーが”大好きで大好き”

「TBSスタジオ」に行けなかった徳永英明は

新潟市の「BSNスタジオ」から

TBSスタジオの白石美帆さん 水沼貴史(解説)さんに

我慢できずに 最後に 声を振りしぼった。

「あの- ちょっといいですか?」

「私は 最後の PK…嫌(いや)ですね。」


そんなことを思い出して 徳永英明さんを 目を凝らして 見つめていた。

2002年「もやもや病」で止む無く番組を降りられて…

2006年大晦日 「NHK白」で

その歌は 甦っていた。

彼の出身地 福岡県柳川の 風の流れに乗って

郷土の大先輩 古賀政男氏の曲と北原白秋氏の詩までもが 浮かんで来る ♪♪ 

「壊れかけのRadio 」

「♪♪♪」

やがて来た年は そんな新しき2007年だった。
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