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あれ?鈴木?慎吾ですよね?そうか-ここにいたのか-!

第26節 10/7 14.00 アルビレックス新潟1-0横浜FC 「新潟スタジアム」

仕事で行けなかったので、昨晩帰宅後、ビデオNHKの録画を見た。

「アルビレックス新潟」への原博美さん解説の声を

なつかしくひさしぶりに聞いた。

何度も慎吾のこととなると、ひるがえって

「慎吾は、がんばっています。」と。

何度も、なんども。

よっぽど慎吾が可愛いんだろうと

最後は笑って・うれしく・吹き出してしまった。

なみだ目まじりになりながら・・・・。

原博美さんは。

かつて1998年から1999年途中まで

浦和レッズの監督だった。

その年

レッズはJ2降格が決定してしまった。

2002年FC東京の監督になるまで。

あの「解説」は、鼻に甘く、余韻を引く。

語り言葉は、都会的なセンスを漂わせて

新鮮に感じた。

1958年(昭和33年)10月19日生まれ。

栃木県。

矢板東高から早稲田大学。

1981年三菱重工業へ。

とても、作曲家の船村徹氏と同じ栃木県出身とは思えない。

訛りが無い。

-鈴木慎吾は吹上町立吹上中学から大宮武蔵野高。

1993年浦和スポーツクラブ~1994年浦和レッズユース~1996年浦和レッズ。

あしたへの”夢の選手”を描いていた。

やむなく。

1997年から1998年横河電気と。

1999年。

「赤き血のイレブン」の永井良和監督は

鈴木慎吾を

「アルビレックス新潟」に引き入れた。

-あれ?鈴木?慎吾ですよね?そうか-ここにいたのか-!-

あれは、2000年のスカパーだっただろうか。

それとも、2001年。

我らが「反町康治(慶応ボーイ)監督」就任の年のTVスカパーだっただろうか。

太鼓の音が、やけに響く、J2の頃。

原博美氏は、スカパーの解説者、だった。

旧三菱浦和フットボールクラブのトップコーチから

1998年から浦和レッズの監督に昇格した原博美さん。

退任後、しばらくして、スカパーTVから、驚きの声を発していた。

「あれ-。あれ?あの子?」

「鈴木?慎吾ですよね?」

「そうか-ここにいたのか-!-」

「私が教えていた子ですよ。」

「そうですか-。-。」

何度も発していた

そのような。驚きの後の

よろこびの言葉が

わたしの中に、残っている。

私の押入れのどこかに

そのビデオの正確な言葉は

眠っているかもしれない。

しかし、あえて探すこともしない。

-このままの余韻でいたい。-

「あれ?鈴木?慎吾ですよね?-」

「そうか-ここにいたのか~・・・・・。」

新潟のFWとして

前線をくぐり走る

慎吾の姿を、見つけて。

かっては、日本代表FWとして、ヘッドでゴールに入れ込もうとした、泥臭い。

一途なまでの徹底した、倒れない”ひたむきさ”を。

原博美さんは、甘い言葉の裏に、その心を叫んでいた。

原博美さんの教え子「慎吾」への、熱い想いが確認できた

ほのぼのしたなつかしい2000年から引き続く”ビデオ”だった。
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