第20節「広島-引き分け-」

第20節 18.30  サンフレッチェ広島 0-0アルビレックス新潟 「広島ビッグアーチ」

「広島-引き分け-」に、ここまで来た、という「アルビレックス新潟」サッカーに感慨を深める。

2001年夏「ヤマザキナビスコカップ」のホーム(市陸)・アウェイ共に0-2。

2002年12月15日「天皇杯」(広島スタジアム)の0-2。

そして、今季第6節ホーム(市陸)での1-2。

第20節「広島-引き分け-」。

負けなかった。

ここまで来たのだ。

4.12のコマリノートにも記したが、着々と「広島」への勝利の道は進んでいる。

27日早朝。自転車で「新潟駅」へ。始発の「長岡」行きに乗る。

直江津駅から「富山」行き。金沢から「姫路」行きの快速が出ている「米原駅」に。

岡山・三原と乗り換え、21時には、広島市内のホテルに入る。

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明けて、試合当日昼、「平和大通り」の「ラーメン横町」から、14.00開始予定の「広島-ヤクルト」の「広島市民球場」方向に「鯉城通り」-「胡町」路面電車ステーションと、小雨から明るくなって、歩く。

新井口(しんいのくち)駅に隣接の「アルパーク」。

16.30から「シャトルバス」が出る間は、シネマ・ショッピング等が有り、時間稼ぎには好都合の「総合娯楽施設」だった。

新井口駅は、山陽本線「広島駅」から岩国方面へ、横川-西広島-新井口駅。

「シャトルバス」は、力を振り絞って、「広島ビッグアーチ」までを登りつめる。

試合は、たとえ自陣のメンバーが減ったとしても、ひたすら守り抜き、ある時は果敢に「チャンス」を狙っていた。

そこには、素早さと精悍さが貫かれていることを、必須条件として。

私は、アウェイでの、この「一騎」戦に、ひとまづ「満足」している。

それにしても、アウェイでも日増しに大きくなる「新潟サポーター」の声の大きさに驚く。

アルビの「戦士」達は、心強いだろう。冥利に尽きるだろう。

ゴール裏の「広島」の高校生らしい数名のひとりも、アルビの「手拍子」を打ち始めていた。

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翌29日の日曜日。

引き分けの試合も明けて、ようやく「夜の広島」から「好天の広島」がやって来た。

6時過ぎの「岡山」行き電車に乗るため、朝の「猿猴川」を渡る。

「三原」から「糸崎」「尾道」へ、連なる間ぢかの島々が青く美しい。

そういえば、始発の広島駅で若者達が釣り竿を抱えて、電車に乗り込んだ。

最初は「弓道部」の、どこかで試合か?と思った。

彼らが、小道具を広げ始めて、私は納得した。

「黒鯛」狙いなどだろうか・・・。

純粋な朝の「微笑ましさ」が立ち込めた。

「尾道」から「向島」間に見える「釣り舟」は、みんな屋根が有る。

その町の屋根の下。

白く輝いて育った、「大林宣彦」監督。

キネマ「尾道三部作」が浮かび上がる。

この小路から出てきた「少女」たちは、陽を満面に受けて、「尾道なまり」を、「潮風」になびかせる。

一概な男達は、目を凝らす。

長い坂道を降りた、店屋の古い「標商録登」。

「屋根」下の看板は、右側から読み取ることが、出来る。

「いっとく」。と。

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