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青春の愛が遥かなる彼方に

ふるさとの実家に墓参りに行ってきた。
やっぱり、生まれた育った所は、落ち着く。
好きだった、あの花も夏の中で咲いていた。
家族の道に大木の杉が、あんなにも大きく育っていた。
僕たちだけじゃない。
鳥のさえずり。虫の声。風のみどりの嘆き。
あの頃の青春列車、最終尾の結び口。
残し行く煙りから、新しい線路の二本を見つめて
これから、何とかしようとまさぐっていた三条駅から見附駅までの高校時代。
そうして、何とか生きて来た。


「これから」の夏目漱石を思い浮かべ、「諦念」とは。
「即天去私」とは。?
青春の愛が遥かなる彼方に消えてゆくようでも

希望とは、でも、いつでも裏腹である。

ふるさとの帰り道「草枕」で、こう考えた。
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にいがたアルビレックスふるさと

こんなひと 越える 

今 思うとき 哀しむ 時

へミング ウェイは。
「白鯨」。

「武器よ さらば」  
愛おしいキャサリンは、国境を越えたか 永遠に。

「いくさ」なんて止めて 呉れ。
こころで結ばれて。お互いが

想い会う 
それが東亜だと。


そして、鎮魂のアジアとおもう

都会の片隅から聴く春の歌

 舟木一夫さんの「高校三年生」「涙の敗戦投手」で、有名な作曲家遠藤実さん。

 ふるさと新潟の北国の春を、心から愛していた人だった。

 だから、君がすべてさ。
そして、藤島桓夫さんの「お月さん今晩は」のように。

 新潟が好きだから。

 ギター流しから始まった遠藤実さんの、生の声を都会の片隅から聴く。

 遠藤 実が唄う 《さよなら新宿》

ふるさとの母へ

10月19日。秋晴れの天気だった。
今日は、新発田でのパートだった。

月岡温泉-新発田市内の緑町や大栄町、荒町などを右往左往していた。

山々を見つめながら、ふるさとの唄を口ずさんだ。
平成5年の10月19日正午過ぎ。
ふるさとの母は76歳で逝ってしまった。
あの日の新潟市内は曇り空。

こんな僕を見つめてくれた母。
生きていてくれたならば、10月で97歳になる母。
朝、新発田に向かう新潟バイパスで、久しぶりの母への歌を。
今日限りと歌っていた。

rindou

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